2004年10月23日 新潟県中越地震

2004年10月23日17時56分、新潟県のほぼ中央に位置する小千谷市を震源として震度6強、マグニチュード6.8の直下型地震が発生しました。その直後、立て続けに震度6クラスの余震に襲われ、小千谷市、越路町、山古志村、川口町、長岡市など新潟県中越地区は未曾有の地震災害を被りました。

 最初の揺れが来た瞬間、いわゆる『よくある地震』程度に思っていました。しかし数秒後に地響きのような低音と共に足下から信じられないほど激しく揺さぶられ、一瞬でパニック状態に陥りました。自分は冷静に対処できるとタカをくくっていましたが体は硬直し、なんとか机に捕まることで精一杯でした。一回目の揺れが治まり仲間と顔を見合わせて唖然としていると、再度すさまじい横揺れに襲われました。照明は落ちて建物はミシミシと不気味な物音を立てていました。あんな揺れを経験したのは初めてです。急いで外へ飛び出した後も断続的に激しい余震に襲われました。その度に建物はきしみ、街灯は暴風に揺られる竹のようにぐるんぐるんと頭を回していました。辺り一帯の灯りは全て落ち、街はゴーストタウンさながらでした。車のラジオをつけると地震速報を繰り返し放送していました。震源地は新潟県中越地方。まさに自分が非常事態の最中にいました。しかし自分が被災者になっているということが俄には信じられず、他人事のように感じたことを覚えています。回線がパンクしたのか、携帯電話は繋がりませんでした。コンビニやスーパーの店頭から水、食料、乾電池等がその日の内にすぐに消えました。

 この日からライフラインが復旧するまでの数日間、私は仲間と技大の駐車場で生活を送りました。少なくとも私にはまたいつ来るとも知れないあんな地震を電気もガスも来ていない真っ暗な自分のアパートで一人迎えるだけの根性はありませんでした。駐車場で仲間や先輩方と火を起こし、炊き出しをして過ごしました。仲間が集まったことでポジティブに乗り越えられたことが何より良かったと思います。幸いなことに、技大や我々のアパートは倒壊することもなく、数日後にはライフラインも復旧しました。今回の一連の出来事を通じて災害と言う物が自分の身にも起こりうることを知り、自然の驚異を痛感しました。これまでは自分がまさか災害に遭遇しようとは微塵も考えたことはありませんでした。

 我々の周辺に怪我人がなかったことは救いですが、亡くなられた方や怪我をされた方、現在も避難生活を余儀なくされている方々を思うと手放しには喜べません。被災された方々が一日でも早く元の生活に戻れることを願うばかりです。

(下保木)


道路の陥没

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